URADOL Stage/trying CD発売記念 公約投票1位「SPYAIM寝起きドッキリ企画」
「SPYAIMファンのみなさんこんにちはー! 楓社長でーすっ!
顔出しはさすがに恥ずかしいので、今日はウサギお面で失礼しまーす。よろしくー!」
ホテルのロビーに陽気な声が響き渡る。
朝方4時のテンションと思えない男は、芸能事務所evolの社長、伊集院楓だ。
カメラの前、ウサギのお面をかぶりながら手をふる姿はある種、不気味でもある。
「なんで俺が出てきたのかって?
ふっふっふ、みんな大好きSPYAIMの寝起きドッキリをするからなんだー!」
ファンの公約投票で見事1位を獲得したのは京章が掲げた「寝起きドッキリ」。
本来は提案者の京章がMCを務めるのが無難だ。そこで手を上げたのが楓だった。
「やるなら全員分やらないと意味ないじゃん!?
京章くんセンターだし! 一番おいしいとこ見られないファンのみんなが可哀相だし?」
しかしその裏に楓の思惑があるなど、メンバーはもちろん、スタッフすらも知らない。
楓の真の目的。それは抜き打ち検査だ。
寝起きドッキリ決行の日は、月内に突如行うとだけしか伝えていない。
本日は地方でのライブイベントで一日歌って踊り、くたくたになっているであろうメンバー。
疲れているときこそ人間は気が抜ける。だからこそ、抜き打ち検査である。
「やばいもんが見つかった子にはペナルティをあげちゃうよ。ふふ。楽しみだよねぇ、ふふふ」
お面で顔が見えないとはいえ、楓の笑い声は悪魔のようだった。
「さーて。早速行ってみましょーう! まずはみんなのプリンス、ケイくんからだよー!」
京章の部屋の前に到着し、楓はゆっくりと扉の施錠センサーにルームキーをかざす。
カチャ、と小さな解錠音が鳴り、楓は音を立てないようゆっくりと足を踏み入れた。
室内を進んでいくと、ベッドで眠りにつく京章の姿があった。
「あららぁ、寝てますねぇ……。うわあ、可愛い顔しちゃってるー。カメラさん撮ってあげてー」
カメラがゆっくりと京章に近づいていく。すやすやと眠りにつく美しい美青年。
黙っていれば国宝級イケメンとさえいわれる京章の寝顔は、ファンにとっても堪らない映像となるだろう。
「京章くぅーん」
楓が近くで声をかける。疲れているのか、まったく起きる気配がない京章。
撮れ高的にも面白くないので、楓は仕込んでいたねこじゃらしを取り出すと、京章の鼻の前で小刻みに振り回した。
「ほれほれ」
「んっ……んんん〜……」
「あはは。めっちゃかゆそう」
夢の中の京章はなにが起きているのかわからないだろう。
ひたすらに指で鼻をかきむしっている。小さな子どものようであどけなく、かわいらしい。楓はしめしめと心の中でうなずいた。
「さーてそろそろ本格的に起こそうか。水でも思いっきりぶっかける?」
カメラマンがさすがに、と止めに入る。
結果、SPYAIMの新楽曲を大音量で流す起こし方に落ち着いた。
「もっとド派手に行ってもいいのにねー」
コンプライアンス的に水はやめましょう、と再度釘をさされた楓は唇をとがらせながら、スマホを取り出す。
「じゃ、部屋の照明つけちゃうねー」
壁に埋め込まれたスイッチを押すと、室内は一瞬にして暖色の光に照らされる。
瞬間、楓にの目に飛び込んできたのはベッドのサイドテーブルにおいてある灰皿。そして大量の煙草の吸い殻だった。
「はい。カメラ切って今すぐにー!」
カメラマンは指示通り撮影を中断する。
楓はにっこりと笑うと、灰皿を取り上げ逆さまにする。カメラマンの驚きの声が部屋に響いた。灰皿の吸い殻は京章の顔へと、真っ逆さまに落ちていった。
「ぶふっ、げほ……!!」
溜まった灰が鼻の中へ入ったのか、京章が咳き込みながら飛び起きる。
「なな、なんだ!?」
「はーいおはよう。おばかちゃん」
「い、伊集院さん!? なんで……っ!」
「寝起きドッキリですー」
「寝起き……はっ、マジかよ今日だったのか!? ざけんなって……!」
「ざけんなは俺の台詞だよ? だれが部屋で煙草吸っていいって言った? 仕事中は持ってくるのやめろって言ったよねぇ? 忘れちゃった?」
「ひ……」
ウサギのお面で顔が見えないせいか、日頃の何十倍も楓が恐ろしく見えた。
京章は慌ててベッドの上で土下座をする。
「ごめんなさいごめんなさい!!」
「やってから謝っても遅いんだよ。わかる?」
「ひぃぃ……っ」
「京章くん、ペナルティ決定ね。あとドッキリもあとで撮り直しするから。覚悟して」
「あ……あああ……っ! 許してぇぇ!」
「うるさい」
必死の懇願を華麗にスルーし、楓は京章を連れて次のメンバーの部屋へと向かった。
***
ぐずっていた京章も、ひとたびカメラの前に立てばSPYAIMのセンター・ケイとしての顔に変わる。
「おはようございます、ケイです。ここからは俺もMCに加わります。メンバーの寝起きドッキリなんて初めてで楽しみ」
「お次はランちゃんだねぇ」
「早速行ってみましょう」
一同は蘭万の部屋に入り込む。
アイドル時の乱暴なキャラクター性からは想像できないほど、室内はきっちりと片付けてあった。このレベルなら、意外な一面としてファンも受け入れるだろう。
「明日の服がたたんでおいてある。ランちゃん、意外に几帳面なんですね」
「だねぇ。びっくり」
「肝心の本人は……」
ベッドに横たわる蘭万はいびきのひとつも立てず眠っている。
「ランちゃん生きてる?」
「静かに寝てますねー。社長、さっきの猫じゃらしを」
京章は猫じゃらしを手にすると蘭万の顔の前でゆっくりと揺らした。
「ランちゃーん、起きてー」
「ん……黒霧島……? ふふ、まだ朝じゃないよ……寝てなさい……」
蘭万の愛犬、黒霧島の存在は当然ファンには明かされていない。
加えてメディアでは一切見せない蘭万のだらしない表情。完全なるキャラブレに値していた。京章は顔を青ざめさせて楓の方を振りかえった。楓は何も言わない。お面をつけていても怒っているとわかる。
「あはは。今、黒なんとかって言った? 寝ぼけてるのかなー?」
「おまえはかわいい、愛してるよ……」
「ら、ランちゃん、起きてー?」
「愛くるしい肉球だな……ずっと嗅いでたい……へへ……へへへ……」
「ぎゃああストップ!! カメラ切ってくれ!」
京章の合図によって、撮影が中断する。
途端、京章は慌てて蘭万の身体を激しく揺らした。
「蘭万さん! 起きろ! やべーって!」
「ん……伊住さん……? なんであなたが……」
「寝起きドッキリだよ! どっかでやるっつってたろ! わかるか!?」
「ドッキリ……はっ!!」
蘭万が慌てて起き上がり、サイドテーブルの眼鏡を装着する。
「しまった、部屋をSPYAIMのラン仕様にしていない……!」
「それよりも寝言がやべーっつーか!」
「く……俺としたことが……」
「ランちゃん。惜しかったねぇ。事前に月内でやるって言ってあるんだから、用意しとかないとねー??」
「すみません、社長……! この失態は俺の責任です!! 申し訳ありません!」
「だよねぇ、君にしてはありえないミスだよねぇ」
「い、伊集院さん。蘭万さんも反省してるわけだし」
「迂闊に煙草吸ってた人間が何を言うの?」
「ごめんなさい」
楓の圧に耐えきれず、京章は身体を縮ませる。
結局蘭万のシーンも、のちほど撮り直しということで落ち着いた。
自責の念にかられへこむ蘭万を連れ、一同は次のメンバーの部屋に向かった。
***
「さて、次はルイの部屋です! ランちゃんはどうなると思う?」
「ぬいぐるみでも抱いて寝てそうだ」
「はは、たしかに」
「ルイくんはルヘンだからね。きっとかわいらしい寝顔が見られるだろうねぇ?」
もはやフリなのではないかとすら思う楓のあおりに、京章と蘭万は身体を震わせる。
京章、蘭万と続いて現状の結果だ。累だけ無事なわけがなかった。
「早速入っていきたいと思いまーす」
京章がカードキーをかざし解錠する。
扉が開いた途端、一同の鼻をかすめたのはアルコールの香りだった。
(やべえ……累さんぜってー飲んだじゃん!)
(宇佐美さんのバカ!)
京章と蘭万は背中に冷や汗をかきながら、足を踏み入れる。
奥のベッドで眠る累はぬいぐるみを抱いて……とは当然いかない。掛け布団を抱き枕みたく抱え込んでいる。おまけに着ているバスローブをだらしなくはだけさせ、ほぼ全裸の状態だ。大きな口を開き、いびきまでかいている。
「ちょ、カメラ!」
カメラマンも慣れてきたのか、自然と撮影を止める。
「ひどいね」
「完全におっさんじゃねえか……」
「しかも汚いおっさんですね……」
「てかウサちゃん髭生えてるし。最悪」
「それは許してやってくれよぉ!!」
「自然現象ですから!」
「ダメだよ。あくまでも今はアイドルなんだから」
楓はスマートフォンを取り出すと、累の寝姿を撮影する。
終わると、累の頭を思い切り平手で殴った。
「ふがっ……!!」
「おーい。おっさん起きなー? おっさーん?」
「つーか伊集院さんだって同い年じゃ……」
「やめなさい伊住さんっ」
なにが起こったのかわからないまま、累がむくりと起き上がる。
お面をつけたまま楓がのぞき込むとだらしない悲鳴が聞こえた。
「ひゃあああ!? ななななに、おおおおばけ!?」
「ウサちゃん、俺だよ」
「……楓さん!?」
「寝起きドッキリ、月内にやるって言ったよね。君、明日も早いのにどうするつもりだったの? ガバガバ酒飲んでさ。熱海ロケのときみたいな地獄を見たい?」
「ひ、ひい、ごめんなさいごめんなさい」
「ファンのみんながこれを見たらどう思うかな?」
画面に映る写真を見た累は、思わず口元を両手で覆った。
「ウサちゃん??」
「すいません。完全に気を抜いておっさんでした」
「おっさんは頑張らないとおっさんになっちゃうからね」
「はい……」
「わかったら行動」
「はい!!」
洗面所へ髭を剃りに行く累を見て、京章と蘭万はこみ上げるなにかを感じた。
結局、累のシーンも部屋を清掃後、撮り直しが決定。
身なりを整えた累を連れ、一同は残りのメンバーの部屋へ移動することになった。
***
「続いてはユイさまだよー! 俺たちメンバーもプライベートをあんまり知らないから、楽しみだよね」
「やべえもんが出てきたりしてな」
「ユイさまの部屋なんて初めて入るね! ドキドキしちゃうー!」
部屋に入り込む一同。
しかしさすがは美意識の高い唯士。部屋の中は整理整頓されており、本人も美しい状態で眠っている。まさにアイドルとしては一番ふさわしい眠り姿だ。
「わー。寝顔も美しいね!」
「さすがユイだな」
「すっぴんなのにお肌綺麗―。ちゃんとケアしてるんだねぇ」
「そんなユイさまを、起こして行こうと思いまーす」
京章が唯士の顔面の前で猫じゃらしを揺らす。
するとゆっくりと目を覚ました唯士は、ゆっくりと身体を起こす。
「ん……」
「ユイさま、おはようございまーす」
「よく寝てたな」
「……なんでみんなが?」
「寝起きドッキリだよー! 僕たちもさっきやられたんだ!」
「寝起き……ドッキリ……」
唯士がはっとした表情で辺りを見回す。
カメラの存在に気づいた瞬間、両手で顔を覆いながら、唯士が叫んだ。
「美しくない!!!!!」
一同が困惑する中、唯士がさらに続ける。
「だめ、切って、撮らないで!!!」
「あはは。大丈夫だよ。寝起きもめちゃくちゃ綺麗で」
「美しくないって言ってるだろ!!! いいからカメラを止めて!!」
おずおずとカメラマンが撮影を止める。
唯士は両手で顔をおさえたまま、指の間から一同を睨みつける。
「楓さんどういうつもりなんですか。こんな姿を撮影なんて」
「いやいや、前に言っておいたじゃん。月内にドッキリするよって」
「俺は最後まで反対してましたよね、そのシステム!!」
「怒らないでよぉ。唯士くん、完璧だったよ? この3人なんて最悪の状態で取り直しになったんだから」
「俺と凡人を同じにするな!! 夏原唯士は常になによりも美しく完璧でいなければいけない……カメラに映るならなおさら……! 気を抜いている寝起きのすっぴんなんてもってのほかなんですよ!!」
「えぇ〜。なにがダメなのかわかんなぁ〜い」
「全部がダメなんです!!」
凡人と罵られた3人は出る幕もなく、楓がいくら宥めようと唯士の機嫌はおさまならなかった。結果、他のメンバーと同じく撮り直しが決定。唯士のメイクタイムを経て、一同は最後のメンバーの部屋へと向かうこととなった。
***
「最後はハジにゃんでーす」
「あいつもプライベート何してるかよくわかんねえよな」
「お菓子とか食べながら寝ちゃってたりして?」
「あはは、あるかも!」
「ユイ、この間ハジにゃんとパンケーキを食べに行ったよ」
「甘いの好きだもんね。じゃ、早速入っていきたいと思います!」
カードキーで解除し、一同が部屋へと入り込む。
部屋は特段荒れている様子もなく、明日の仕事の資料がテーブルに置いてあるだけだった。
「ちゃんと台本チェックしてる。えらいね。まじめ」
「仕事には手ぇ抜かねえもんな」
「ハジにゃんらしいねー!」
「当の本人はどうしてるかな」
元に近づくと、きちんと服を着用したまま、横向きで静かに眠っている。
「おお。ぐっすりだね」
「あはは。寝てると子どもみたい」
「無邪気な顔して寝てんなー」
「ほんとだね、かわいい」
「じゃ、早速猫じゃらしで起こして……って、ん?」
「どしたのケイくん」
「いや、ハジにゃん、なにか抱えてるなって……」
元は両手で何かを大切に抱えている。
掛け布団で隠れているせいで、正体が何かはわからなかった。
「気になる! まさか見られちゃやばいものだったりして?」
「いいね。面白くなってきた。がばーっと開けちゃいなよ」
累の煽りがきいたのか、楓が楽しげな様子で前に出てくる。
「なら、社長。お願いします」
「えー? 俺でいいの? メンバーでやった方が楽しいよ?」
「いやいや、やっぱりボスがやるべきでしょ。ねぇ、みんな」
「ユイは賛成」
「俺もだ」
皆に後押しされ、それならばと楓が布団に手をかける。
「じゃあいくよ、せーの」
掛け声と同時に、楓が布団を剥ぎ取る。
元の胸もと、彼が大切に抱えている“何か”が全員の目に晒された。
瞬間、一同は笑顔を失い、固まってしまう。
「これって……」
「……ワラ人形?」
「カメラストップ!!」
累の指示でカメラマンが本日5度目の撮影ストップを食らう。
楓は元の両手から、それをゆっくりと取り上げた。
「ひ……」
「か、楓さん……」
京章と累の不安げな声を無視して、楓はじっと見つめる。
紛れもなく手作りのワラ人形だった。真ん中には“伊集院楓”と書かれた紙が貼られており、何本も釘が打ち込まれていた。
「なるほどね、ふうん」
楓は人形を持ったまましばらく黙り込み、つけていたウサギのお面をゆっくりと外した。そして笑顔を貼り付けたままメンバーの方を振り向く。
「みんな、悪いね。元ちゃんとお話がしたい。少しの間、外で待っていてくれる?」
誰も逆らえる空気ではなかった。
京章たちが元の部屋を出た瞬間、聞こえてきたのは元の悲痛な叫び声だ。
「ぎゃああああああ! なんであんたが!! やめ、やめろお!! うわあああ、僕を殺す気かぁ!! ふざけるなぁ!!」
中から殴り合っているかのような、鈍い音が聞こえてくる。
「伊集院楓ぇ! 今日こそおまえの息の根を止める!」
「やれるもんならやってみなぁー??」
元と楓の攻防は止まず、しばらくの間つづいた。
メンバーとカメラマンは震えながらその様子を聞いていた。
気づけば夜が明け、窓の外の空はうっすらと朝焼けの色に変わっている。
「なぁなぁ。俺たちいつ寝れんだろうなぁ」
「さあ……あと3時間は無理なのでは」
「5人分撮り直しだもんな。俺も悪かったけど……」
「はあ……SPYAIMって前途多難って言葉がぴったりだよね」
唯士に関しては全員が文句を言いたかった。が、皆がぐっと言葉を飲み込んだ。
しばらくして部屋から出てきた元はすっかりと矯正されており、楓の指示にただ従順に従う奴隷となった。中でなにが起きていたのかは怖くて誰も聞けなかった。
寝起きドッキリ企画の撮影が終わったのは5時間後。
全員が疲弊する中、楓だけが大満足の表情で喜んでいた。
「みんな今日はお疲れちゃん。次の寝起きドッキリでは、全員ちゃんと自覚を持って寝るように!」
次に実施するときも、楓が抜き打ちでやるに違いないと全員がわかっていた。
——今日もSPYAIMは伊集院楓とともに修羅の道を歩いて行く。
END